第5章 アルコール依存症からの回復

 アルコール依存症からの回復の第一歩は、自分がアルコールをコントロールして飲むことができるかどうかを、はっきりと認識することである。できない人は、完全にアルコールを断つしかないのである。
 自分で納得することが大切である。自分がそうだと思わなければ、完全にアルコールを断とうとはしないからである。
 自分がアルコール依存症だと認めてはじめて、完全に断酒する気になり、回復への道を歩み始める。

断酒継続のためにすべきこと

 いったんアルコールを断って健康な生活を送っていても、また飲み始めてもとに戻ることが多いのが、アルコール依存症の特徴である。アルコールを断つことは簡単だが、継続することが難しい。飲まない生活を続けない限り、身体の病気も社会生活もよくなっていかない。そのためには、どんなことに気をつけたらよいであろうか。
AAや断酒会に出席すること
 一人でやめ続けられる人は、多くはいない。AAや断酒会に出席している人の方が、断酒率はいいし、再飲酒することがあっても再び断酒する人が多い。自分と同じ経験をした仲間と一緒にやるほうが、1人でやるよりははるかに楽である。
 AAは二人のアルコール依存症者で始まったが、現在困っている人を手助けすることが、自分の回復に役立つと考えていた。回復には仲間が必要だというのである。高知で断酒会を作った松村春繁は、「1人で止めることは出来ない。無駄な抵抗を止めよう」、「酒害者は酒のために墓場へ行くか、断酒会で酒を断つか2つの道しかない」という言葉を残している。
 どのグループに出席するかは、自分で参加してみて決めるとよい。どれくらいの頻度で参加するかは、人によって違う。多い人は、最初の3ヶ月間は、270回のミーティングに参加する。初めの90日間に90ミーティングを提案することもある。最低でも、週に2,3回は行った方がよいと思う。断酒する力がつけば、回数は減らしていけばよい。
飲む付き合いを止めること
 アルコール類は一切飲まないことを宣言して、飲み友達とは縁を切ることである。それをやっておかないと、飲酒に誘われ、再飲酒につながりやすい
小さな成功を積み重ねること
 はじめのうちは一日飲まないでいるということが実に大変である。10年やめるとか、一生飲まないとかいうと、目標はいつまでも達成できず、気の休まることがない。今日1日断酒を当面の目標にして、日々成功の喜びを味わっていくようにしたほうがよい。
危ない場所には近寄らない
 昔よく飲んでいた場所や酒が飲めるところに近づくと、強い飲酒欲求が起こり、抑えきれなくなることがある。どれくらい飲まない力がついたか試してみるといって、飲み屋街を歩いてみる人がいるが、その時点で失敗しているといってよいであろう。何回目かに必ず飲酒してどうにもならなくなるものである。
 宴会もできるだけ避けた方がよい。そのときは我慢して飲まなかったが、帰り道に飲んでしまったとか、席を外したときに飲んでいたジュースにアルコールを入れられたとかいうことがよく起こる。
腹を減らさないこと
 空腹時には飲酒欲求は強まるものである。食事を規則的にして、腹を減らさない工夫をするとよい。また、飲みたくなった時には何か食べるようにした方がよい。飴玉を持ち歩いていた人もいる。
腹を減らさないこと
 怒りや恨みが飲酒欲求をかきたてることはよくある。腹が立つとすぐ酒に走るという、飲んでいたときの癖はそう簡単に変えられるものではない。AAの創始者ビルは、怒りや恨みを持ち続けたままでは断酒を続けることはできないと考えていた。何があっても、腹を立てないで対処するにはどうしたらよいかを常に考えるようにするとよい。
 また、飲んでいたときの自分のありのままの姿を振り返ることによって、家族に対する怒りは和らいでいくだろう。
腹を減らさないこと
 疲れたときの一杯、これも長年の間に身につけた習慣と言えよう。断酒しようと思えば、疲れすぎないようにすることが大切である。酒をやめてしばらくの間は、普通以上に活動的になることが多いので、押え気味に行動した方がよい。
仕事につくのを急がないこと
 仕事については、人によって対応が異なる。仕事を休むことなく、外来に通って断酒を続けている人も多い。
仕事もできず長期間飲酒を続けていた場合は、はじめの3、4カ月の間は飲まないでいるだけでも大きなエネルギーが必要である。その上に仕事もし、それ以外の生活上の問題にも対処していくのは、かなり困難なものである。まずは何もしないでAAや断酒会に出席しながら、やめ続ける力をつけることに専念した方がよい。
 断酒ができるようになってから、仕事のことを考えるというのが順序である。いつから仕事を始めるかについては個人差も大きいので、専門家と相談しながら決定すべきであろう。
 職場復帰を焦らない方がよい。長期間仕事をしていなかった人が、新しく仕事を見つける場合には、3ヶ月から1年後をめどにすればよいと思う。もとの職場に戻る場合はもっと早くてもよいだろう。
仕事についた後でも、当分は残業もやめて、夜はAAや断酒会出席を優先したほうがよいと思う。
専門家の意見を聞くこと
 酒をやめて身体さえよくなればそれで治ったというわけではない。断酒した後も、精神的なトラブル、家庭や仕事の問題などが未解決のままに山積みになっているのが普通である。自分だけの力でそれらを解決していくのは困難である。医師やケースワーカー、自助グループの仲間などの意見を常に聞くようにした方がよい。自分の考え通りにやるのではなく、経験者の言うことを聞いてみるというのは、回復のためにとても大切なことである。
抗酒剤の服用
 断酒する気になった人が服用すると、効果を発揮する。抗酒剤については、第6章に詳しく述べている。

どのように治っていくか

 アルコール依存症は長い時間をかけて徐々に悪化していく病気であり、専門病院に来たときには、発病から10年近く経っているのが普通である。治していくにもかなりの時間がかかる。酒をやめたからといって1ヶ月や2ヶ月では治るものではない。以下、いろんな面からアルコール依存症とそれに付随して起こる障害の回復について考えてみよう。
離脱症状の回復
 アルコールを断つと、まず離脱症状が起こる。多くの場合これは1週間くらいで消失する。振戦が1ヶ月以上続いたり、振戦せん妄が遷延して3ヶ月くらい続くこともあるがまれである。離脱症状としての高血圧は、1週間もすれば正常血圧に戻ってしまう。
 離脱期に起こる不眠やいらいらなどをよくするために、一時的に睡眠薬や抗不安薬を使うことが多い。それによって、アルコールを切る苦しみはかなり軽くなる。このような薬は、離脱期が過ぎれば不要である。
身体疾患の回復
 大量のアルコールや栄養障害のためにやられた体は、手遅れでなければ3、4カ月のうちにもとに戻るだろう。最も回復の早いのは、急性の胃粘膜病変であり、4日もするとおさまって、吐き気も止まり食事もおいしく食べられるようになる。
 しかし、肝硬変、糖尿病、多発神経炎など、いったん起こってしまうと断酒しても完全には回復しない病気も多い。
 身体障害の治療のために、注射、点滴、投薬などが必要なことがある。
心の回復
 アルコールは飲んでいなくても、ものの考え方が飲んでいたときと少しも変わらない場合には、酒のない状態で辛い生活をしなければならなくなる。孤独感や劣等感、他人に対する怒りや恨み、誰かがなんとかしてくれるだろうという依存心、自責感、自己憐びんなどは、精神療法、自助グループへの出席などを通して、よくしておかなければならない問題である。これらは治す努力をすれば、早く解決できる。
また、感情の不調が特に理由もないのに起こってきて、数時間から数日続いて自然によくなるが、周期的に繰り返すということがある。その症状としては、いらいらしてじっとしておれなくなったり、ひどく怒りっぽくなったりする場合が多い。また、人によっては、気分がふさぎ込んで何をするにも億劫になり、悲観的なことばかり考えるということもある。これらは1,2年すると、かなり落ち着いてくるものである。
 断酒し始めの頃に、煙草の本数が増えたり、甘い物を異常にたくさん食べたりすることがあるが、これらは1,2カ月の内に元に戻ることが多い。
社会的な回復
 家族や他の人々とのまずくなった人間関係をよくしていくことも大切な問題である。
 アルコール依存症のために、まわりの人がどれくらい辛い思いをしてきたかということを、その人の立場に立って理解するようにする。自分に対する、まわりの人の怒り、恨み、非難などを、病気にまきこまれたためどうしようもなかったこととして受け入れていくとよい。
 家族の回復も大切であり、家族教室や自助グループへの家族の出席を邪魔しないようにすべきである。家族関係の回復は、互いの努力によって遅くも早くもなるが、1,2年はみるべきであろう。
 周りの人は、酒をやめ始めた頃は、どうせすぐに飲むに違いないと信用してくれない。それでもやめ続けていると、不思議があるものだという態度をとる。2,3年してはじめて、酒で問題を起こさない人、安心して任せられる人という信用が出てくる。

回復の目標

 アルコール依存症の進行の程度によって、どの程度まで回復できるかが決まる。その人の病状に応じた正しい回復目標を立てるべきである。そうでないと、働く力があるのに長期にわたる入院生活を続けていたり、働くことのできない人に就労をすすめて、挫折を繰り返すということが起こる。
 職場復帰して自立した生活が可能な人もいれば、身体あるいは精神的な後遺症のため入院生活を続けざるを得ない人もいるのである。

この章のまとめ

 アルコール依存症から回復するためには、なぜ自分は完全に断酒しなければならないかということを理解しなければならない。  断酒が回復の基礎にすぎない。酒をやめただけで、あらゆる問題がよくなっていくわけではない。長い病気のために、自分の状態をありのままにみることができず、自己中心的、依存的になり、安定を失った心の回復、他人との信頼関係の回復などは特に大切なことである。
 身体的な健康をとり戻し、精神的にも安定し、日常生活の中でアルコールを飲む必要を感じなくなり、他人と協調しながら仕事ができているというのが、もっともよい回復であろう。しかし、この病気では身体や精神の障害が残ることも多く、各自が自分に可能な回復目標を持つべきである

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