第6章 抗酒剤と断酒補助剤

抗酒剤

 アルコール依存症の治療によく使われる薬に、シアナマイド(一般名シアナミド)やノックビン(一般名ジスルフィラム)という抗酒剤がある。この薬は酒が嫌いになる薬であると勘違いされたり、ひどい副作用があると言って毛嫌いされることもあり、あまり正しく理解されているとはいえない。抗酒剤とはどんな作用のある薬であろうか。
アルコールの代謝
 (アルコール→アセトアルデヒド→酢酸→炭酸ガス+水)
 抗酒剤の作用を理解するためには、まず体内でアルコールがどのように分解されるかについて知らねばならない。
 口から摂取されたアルコールは、90パーセント以上が胃や腸から吸収され、その大部分は肝臓で分解される。その経路は次の通りである。
 体内に入ったアルコールは肝臓で酸化されてアセトアルデヒドになる。これには3つの酵素反応機構が働いている。アルコール脱水素酵素、カタラーゼ、ミクロソームにあるエタノール酸化系(MEOS)である。この中で主たる働きをするものはアルコール脱水素酵素である。
 アセトアルデヒドは毒性の強い物質で、顔面紅潮、悪心、嘔吐、心悸亢進などの原因になる。アセトアルデヒドは、アセトアルデヒド脱水素酵素の働きでさらに酸化されて酢酸になる。ここまでは肝臓で行われる。
 酢酸は、各組織に運ばれて炭酸ガスにまで分解される。このとき、1グラムのアルコールは7カロリーのエネルギーを発生する。日本酒1升では、約1700カロリーとなる。
 アルコールの分解速度は、1時間に体重1キロ当たり0.1グラムである。1時間7グラムで計算すると、日本酒1合だと3時間ちょっとで体内から消失する。 肝臓以外では、胃にもアルコール脱水素酵素があるが、この働きは小さい。日本人ではこの活性は低いし、ない人も多い。
抗酒剤の作用
 現在二種類の抗酒剤がある。無色透明の液体のシアナマイドと、帯黄色粉末のノックビンである。
 シアナマイドは肥料として用いられる石灰窒素に含まれているカルシウム・シアナミドから導き出された物質である。肥料工場の職員が酒に弱くなるところからその抗酒作用が発見された。1914年のことである。シアナマイドは、アルコール代謝過程のアセトアルデヒドから酢酸に至る反応を触媒するアセトアルデヒド脱水素酵素の働きをブロックする。そのため少量の飲酒でも、直後に顔面紅潮、血圧低下、心悸亢進、呼吸困難、頭痛、悪心、嘔吐、めまいなどを起こし、ひどいときには立つこともできなくなる。これをシアナミド・アルコール反応と言うが、その強さはノックビンに比べて弱い。
 ノックビンは、タイヤ工場で用いられていた薬品で、その抗酒作用については、1948年にヤコブセンが発表している。シアナマイドと同じようにアセトアルデヒド脱水素酵素の働きを押さえる。そして、呼吸困難、心悸亢進、顔面紅潮、悪心嘔吐、血圧低下、めまい、脱力、視力障害などを起こす。このような反応はシアナマイドよりやや遅く、飲酒後5〜15分後に起こる。
 反応の強さは、服用した抗酒剤の量と飲酒量によって決まる。時間とともにアセトアルデヒドも代謝されるので、長くても数時間のうちには、症状は消失する。
服用の仕方
 抗酒剤がその効果を発揮するためには、服用時に体内にアルコールが入っていないことが大切である。アルコール分が残っているときには、いくら抗酒剤を飲んでも述べた苦しい反応は起こらない。
 ノックビンは、服用後数時間してから効果を現しはじめ、十分な反応を起こすためには、少なくとも1週間は服薬を続ける必要がある。その後効果は約1週間持続する。シアナマイドは速効性があり1回の服薬で十分である。しかし、効果の持続期間は短くおよそ1日である。入院中の患者さんが、外出時に飲酒予防のために服用するときには、シアナマイドの方がよい。ノックビンは効果を発揮するのに時間がかかりすぎて間に合わない。
抗酒剤を服用するかどうか、どれくらいの期間飲み続ければよいのかについては、いろいろの考え方があり、担当医と相談しながら決めればよい。
この薬は自分から進んで飲むべきである。シアナマイドを味噌汁の中にいれたりして、本人に内緒で投与するのは、お互いの信頼関係を壊し、百害あって一利なしである。
副作用
 どちらもきわめて副作用の少ない薬である。ノックビンではまれに肝障害、精神病様の症状が出ることがある。その他胃腸障害、発疹、多発神経炎などの報告もある。シアナマイドでは、長期投与で肝細胞内にすりガラス様の封入体が生じることがある。この場合再飲酒したときの肝障害の程度がひどくなる。その他の肝障害、重度の皮膚症状、貧血などの報告があるが頻度不明である。蕁麻疹様の発疹がひどく出て、服用を中止せざるを得ないこともある。
抗酒剤服用の心理作用
 断酒した後も、再飲酒の危機は至る所にある。しばしば激しい飲酒欲求に襲われるし、気がついたら飲んでいたというようになんの抵抗もなく飲酒してしまうことも多い。 抗酒剤を服用していれば、アルコールを飲んだら苦しくなるということが分かっているので、強い飲酒欲求に見舞われることは少ない。たとえ飲みたいと思っても、反応の苦しさを考えると酒に手を出す気にはならない。そのため、飲酒欲求に耐えて、いらいらすることもなく、比較的気楽に断酒生活を送ることができるのである。また、たとえ飲むことがあってもごく小量で飲めなくなる。
 抗酒剤を自分から進んで飲むと、家族に対してもいい影響を与える。服用によって、これで今日一日は飲まないだろうと、家族も大いに安心する。そうすると自分が不信や疑いの目でみられることも少なく、家族の態度にいらいらしたり、腹を立てたりすることもなくなる。家族に対しては、今まで何回も裏切ってきているので、「もう酒は飲まない」などという言葉はなんの効き目もない。抗酒剤を服用するという行動の方がはるかに説得力がある。
抗酒剤の限界
 抗酒剤を服用していさえすれば、アルコール依存症が治るというわけではない。アルコール依存症の治療には、治療を受ける気になってもらうための作業、離脱症状の治療、身体合併症の治療、断酒する気になってもらうための教育や精神療法、心理的問題や人間関係の問題の整理、家族療法、断酒継続のための援助、自助集団への出席などしなければならないことが多くある。
 その中で抗酒剤は断酒継続のために補助的に使う薬である。いくらこの薬を飲んだからといって、孤独感や、家族に対する恨みなどがよくなるわけではない。
抗酒剤を飲まない人へ
 この薬を飲もうとしない人には二つのタイプがあるようである。
 一つは、酒をやめる気のない人である。入院中のように強制的に服用させられるような場合には、いろいろの方法で服用したふりをすることが多い。抗酒剤を飲んだ後に、うまく飲酒するにはどうすればいいかを研究する人もいる。こういう人は、自分がなぜ酒をやめなければならないかを理解することが先決である。
 もう一つは、断酒するために抗酒剤はいらないと考えている人たちである。AAや断酒会によく出席することによって、気楽に断酒ができており、なにも抗酒剤に頼らなくてもと思うのである。このような場合はあえて抗酒剤を飲む必要はないであろう。しかし、再飲酒の危険はどこにあるか分からず、抗酒剤を飲んでおれば、防げたと思われるような失敗もあることは頭に入れておくべきである。

この章のまとめ

 抗酒剤は酒が嫌いになる薬ではない。肝臓でのアルコールの代謝過程をブロックして、飲酒時に苦しい反応を起こさせるものである。
 断酒を決意した者が、その継続のために補助的に使うときに効果を発揮する。抗酒剤を過大評価するのはよくないが、正しく用いればその効用を期待できる。
 シアナマイドノックビン
形状液体帯黄色の粉末 結晶あり
服用後効果が出るまでの時間5〜10分 即効性あり数時間から半日 十分な効果を得るには1週間
飲酒後反応が現れるまでの時間5から10分後
効果の持続時間1日1週間以上服用後なら7日
主な副作用かゆみを伴う発疹大量で精神症状

断酒補助剤(アカンプロセート)

 レグテクトという商品名で2013年5月に発売された。
 脳の働きを抑制する作用を持つ。アルコール依存症になぜ効くのかは分かっていない。飲酒欲求を抑制するのではないかと推測されているが、あくまで推測である。アルコール依存症の人が断酒すると、アルコールで抑制されていた脳は、一時的に過活動の状態になる。断酒後4ヶ月くらいは、離脱症状が消失しあとも、脳の過活動状態は続くことが分かっている。レグテクトは、この状態をよくするのではないかとも考えられている。
 アルコール依存症の動物に与えたところ,飲酒量が抑制されることが分かり、薬として開発された。1989年にフランスで発売され、現在では20数か国で使用されている。プラセボ(偽薬)に比較して、有意に断酒率を上げることが分かっている。
 日本では、アルコール依存症の離脱症状の治療やアルコールリハビリテーションプログラムなどの入院治療をすべて終了して人に対して、退院日から投与された。投与24週間後、完全断酒率は、レグテクトを服用した群で、47.2%、プラセボ群では、36.0%であった。
 副作用は少なく、下痢や腹部不快感などが、10%くらいで見られる。日本での臨床試験では、下痢が14.1%に見られている。
 他の薬物との併用による障害はなく、どんな薬物とも併用できる。

Information

 
10:0012:30
14:3018:30
予約制
火曜午前・水曜・日曜・祝日 休診

page top