第3章 アルコール関連社会障害

 一人のアルコール依存症者のまわりには、酒を飲まない病人が数人出るといわれている。周りの人も、飲酒で苦しめられ、お互いの信頼関係は失われていく。
 人間関係が悪くなる原因の一つは、アルコール依存症者の病的な考え方や行動にある。アルコールが入ると、次の酒を飲むことしか考えられなくなり、周囲に気を配る余裕がなくなる。これは病気の症状の一つだが、周囲の人からは、自己中心的だと誤解される。
 まわりの人の病気に対する無理解も、人間関係が悪化する原因になっている。飲酒して様々な問題が出るのは、酒好きで意志が弱く道徳的に欠陥があるからだと、非難したり軽蔑したりするのである。

A.家庭はどうなっていくか

経済的困窮

 飲酒のために多額のお金を使う、借金をする、職を失い収入がなくなるといったことのために、経済的に苦労することが多くなる。飲酒によってどれくらい損をしたかを大ざっぱに計算してみると、ほとんどの人が数千万円になる。生活費がない、サラ金で借りた金が返せないなど、苦労は絶えない。
 この病気を放置していると、家や財産など金目のものはすべて酒に変わってしまう。

役割の移動

 父親がアルコール依存症である場合、父親として、夫として、一家の経済的支え手としての役割を果たすことができなくなり、その代わりを妻や、年長の子供が担うようになる。妻は、父親の代わりもし、経済的にも一家を支えねばならず、しっかり者になることが多い。子供がアルバイトをしたり、進学をあきらめたりすることも珍しくない。
 役割の移動がすっかり完成してしまうと、アルコール依存症者が家にいなくても、家族はちっとも困らなくなる。

休息のない家庭

 家に帰ってほっとするということがなく、家にいることが苦痛になる。家に近づくに連れて、足が重くなったり、胃が痛くなったりする人もいる。子供も、学校からすぐに家に帰ってくるのをいやがり、公園で遊んできたりする。
 アルコール依存症者も、飲んでいる場合は家に帰りづらく、何日も泊まり歩くことがある。

暴言、暴力

 病気が進行すると、アルコール依存症者に対して、家族は、いない方がいい、死んで欲しい、殺してやりたいと言う気持を抱くようになる。アルコール依存症者は、自分の苦しみを理解してくれない家族に腹を立てる。家族の存在価値を認めないような暴言を吐いたり、暴力が絶えなくなったりする場合もある。肋骨が折れたとか、鼓膜が破れたとかいう話は、よく聞くことである。逆にこらえかねた家族が、アルコール依存症者に対して、暴力を振るったり、時には殺人に及び、新聞などで報道されることもある。
 酔ったときの暴力に備えて、いつでも逃げられるようにと、何年もの間普段着のまま床についたという家族もいる。
 家庭の中は、心身の休息どころか、危険がいっぱいである。

子供への影響

 子供を社会人として育てるという、家庭の大切な機能にも問題がでてくる。
 アルコール依存症の家庭では、両親とも子供に対して首尾一貫した態度がとれないことが多い。父親は、酔っている時と素面の時とでは言うこととやることがまったく違う。母親は、飲酒問題の絶えない父親に対する怒りを子供に向けて、特に理由もなく叱ったりする。後でそれを反省して、不自然にほうびをやったりかわいがったりする。そうすると、子供は、何をすれば両親にほめられるかわからなくなり混乱する。
 子供は、両親から正しい愛情をかけられない。父親は子供よりもアルコールが大切であるように見える。母親は飲酒を監視することと、一家の生活を守ることで疲れ果てて、子供に愛情を注ぐゆとりさえも奪われる。そして、両親にとって自分はどうでもいい存在なのだと感じるようになる。
 子供が健康に育っていくためには、子供同士の付き合いも大切である。アルコール依存症の家庭の子供では、友人をつくるのが困難になる。友達を家に連れてきても酔った父親のために恥ずかしい思いをすることが多いので、だんだんと友達付き合いから遠ざかっていくのである。
 アルコール依存症の家庭に育った子供には、感情的不安定、親に対する恨み、成績の低下、登校拒否、家庭内暴力、神経症など様々な問題がでてくることがある。とは言っても、アルコール問題のない家庭の子供に比較して、やや多い程度である。アルコール依存症の親を持つ子供に特有の特徴があるわけではない。

家族の問題

 家族は「自分にはどこにも問題がない。悪いのは酒害者である」と考えているが、実はそうではない。正しい知識を持たないままでこの病気に巻き込まれて、他からの援助を受けなければ立ち直れないほどの大きな問題を持っている。
 まず、アルコール依存症についての知識がなく、アルコール依存症者を病人としてみることができない。真面目にやれば、飲酒問題など起こさないはずだと人格の問題だと考えている人が多い。
 病気を治すという観点に立った正しい対応は全くできない。問題飲酒を繰り返すことに我慢ができず、がみがみ言ったり説教したり非難したりする。自分の力で飲酒をやめさせようと、いろんなことをするが、すべてうまくいかない。
 ちっともよくならないアルコール依存症者に対して、怒りや恨みを抱くようになる。この人のせいで自分の一生はめちゃめちゃになったという被害者意識も強い。年月が経つにつれて、絶対によくならないという絶望感が生じ、早く死んでくれないだろうか、できれば殺してやりたいという、アルコール依存症者の存在を認めない気持ちも出てくる。さらに、世間体の悪い思いをして、近所付き合いも避けるようになる。将来の生活に対する不安や暴力の恐怖などもあり、感情の安定を失ってしまう。
 こういうことで夫婦の会話もなくなる。性生活もうまくいかなくなり、夫にさわられただけでも鳥肌だったり、夫の入った風呂には入れなくなったりする。  日常生活がうまく行かなくなり、家庭や職場で十分な役割を果たせなくなる。
 精神的な不安定が原因で体の病気を起こすこともある(心身症)。

B.社会的信用の喪失

 家庭以外の社会生活にも、大きな支障が生じる。アルコール依存症が進行していくと、生活の場も安くて暮らせるところへと移っていく。家族や仕事があった人でも、ドヤ街で一人寂しく死ぬこともある。

職場での問題

 アルコール依存症が進行すると、職場で酒臭がしたり、離脱症状が出ていたり、飲酒していたりする。そのため初歩的なミスが多くなる。飲み過ぎが原因で遅刻や欠勤も目だってくる。連続飲酒発作が出てきたり、アルコール関連の身体疾患で入院したりすると、長期に欠勤する。上司から注意を受けることが多くなり、ついには職を失ってしまう。
 新しい仕事についても飲酒問題のため決して長続きせず、転々と職を変え、そのたびに労働条件は悪くなっていく。最終的には、働くことができなくなる。

警察問題

 泥酔、酔っ払った時の暴力、飲酒運転や交通事故などで、警察の厄介になることがよくある。道徳観念も麻痺してきて、飲み逃げ、わいせつ、詐欺、盗みなどの犯罪で捕まることもある。

友人の変化

 酩酊時に問題を繰り返すようになると、健康な飲み友達は遠ざかり、飲み仲間といえば自分と同じ様な問題飲酒者のみとなる。病気が進行するにつれて、内科医、精神科医、警察官、職安の職員、福祉事務所の職員、裁判官、看守など、できれば世話になることなく一生を送りたいと思う人たちと親しくなる。

近所付き合い

 近所では、一家の主人として尊重してもらえなくなっている。近所の人も大事な話は妻や年長の子供のところへ持っていき、近所付き合いからも疎外される。

この章のまとめ

 アルコール依存症によって、家族全体が病んでいく。自分のアルコール依存症のために、家族のひとりひとりがどれだけ苦しんできたかを、具体的な事実をあげて考えてみよう。
 自分に対する家族の恨みや怒りに直接反応して、腹を立てないようにしよう。それらは家族の病気の症状であり、そうなるよりほかに仕方がなかったことをよく理解すべきである。

    酒は悪魔の毒水よ
 (1) 酒は悪魔の誘い水 舌をとろかす甘味あり 酔えば酔うほど夢心地 今や 良心声もなく ただささやくは悪の道
 (2) 醒めて悔ゆれど是非もなく おかせし罪の報いあり 内には心に責め苦 あり 外には法の裁き待つ 酒は悪魔の苦が水よ
 (3) 罪の報いの行く先は この世の地獄ムショ行きか または墓場の病院か  いずれ劣らぬ鉄格子 酒は悪魔の毒水よ
(本田米市丸作 神崎清著「山谷ドヤ街」時事通信社より)

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