飲酒による問題が頻発しているにもかかわらず、お酒がやめられないのは、アルコール依存症という病気にかかっているからです。治療によってアルコールを完全に断てば健康な生活を取り戻すことができるのです。当院では次のようなことを行います。
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| ■ 初めて相談にきたときには |
飲酒問題で、最初の医療機関を訪ねるのは、アルコール依存症の本人ではなく、家族などの周囲の人です。ここからアルコール依存症の治療は始まります。
周りに人が病気についてよく知り、正しい対応ができるようになるための援助をします。また、アルコール依存症の人に、治療を受ける気になってもらうために、周囲の人はどうすべきかなどについて学びます。
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| ■ 離脱症状の治療 |
飲酒をやめると、離脱症状が出ます。睡眠薬や抗不安薬を用いて、離脱症状を軽くしたり、予防したりします。これによって比較的楽にアルコールを切ることが出来ます。
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| ■ 身体合併症の治療 |
アルコールの臓器毒性と栄養不足によって、身体の病気が生じます。胃腸、肝臓、脳神経など、その障害はほぼ全身に及びます。その多くは、断酒と治療薬によって治すことができます。当院で難しい場合は、他科を紹介いたします。
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| ■ 精神療法 |
アルコール依存症の回復の途上では、抑うつ、イライラ、自責や孤独感など、様々な精神的問題が生じることがあります。また、服薬をいつまで続けるか、仕事はどうするのかなど、個別に考えなければならないこともたくさんあります。個人的な問題には、外来での診察を行います。
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| ■ アルコール依存症についての講義 |
どんな病気でどうすれば治るかについての学習会を行います。正しい知識も基づいて正しい方法をとれば、アルコールのない生活を続けることができるのです。
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| ■ 回復している人たちとの交流 |
アルコール依存症を、医療機関だけで克服するのは困難です。回復している人との交流も欠かせません。アルコール依存症の人の集まりには、断酒会やAA(アルコホリクス・アノニマス)があります。受診した患者さんやご家族には、通いやすい自助グループを紹介いたします。
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| ■ ご家族の方には |
一人のアルコール依存症者の周りには、数人の病人が出ると言われています。ご家族の苦しみも大変なものです。
個別の診察の他に、毎週一回の家族教室を行います。ここではアルコール依存症とはどんな病気か、家族としてどんなことをすればいいのかなどについて学びます。家族の自助グループの紹介もいたします。
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| ■ 病気になったことをどうとらえるか |
回復した人たちの中には、「病気を経験して良かった。そうでなかったら今のような充実した生活はなかったであろう」と言う人がいます。病気の苦しみの中から、そこでしか得られない知恵や洞察を得たのです。20数年にわたるアルコール依存症治療を通して、私は、このような人たちに数多く出会いました。苦しみが大きければ大きいほど、乗り越えたときに得るものも多いのです。私は、当院を訪れるすべての人に、同じ経験をして欲しいと願っています。そのためには、共に学ぶこととお互いの体験を分かち合うことが大事です。
悩み、苦しみ、挫折は、肥沃な土壌のようなものです。そこから新しい種子が芽を出し、大きく育っていくのです。
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| 家族の話(1) |
「うちの主人も、結婚したときからひどい酒のみで、仕事はちゃんとやってくれていたのですが、泥酔して帰ってきて大声を出すことがよくありました。そのうち仕事もよく休むようになり、わたしがお酒のことを一言でも口に出すと、かっとなって暴れるようになったのです。殴ったり、蹴ったり、物を投げたりで、ちゃぶ台は幾つ壊したかわかりません。35歳くらいからは、仕事もほとんどしないで飲んでばかりで、一年のうち二回も三回も入院するようになりました。仕事もしないのにお金は使う、酒代を渡さないと暴れてでもとるという始末でした。
お陰様で断酒会通いをするようになってからは、自分のお酒がどんなにひどいものであったか少しは気がついてくれたようで、現在は酒も止め仕事も真面目に行ってくれています。けれどもわたしが目を離すといつ飲むかわかりませんので、これからも主人共々例会出席でがんばって行きたいと思っています。よろしくお願いします」。
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| 家族の話(2) |
「わたしが主人と見合結婚をしたのは、わたしが23歳の時でした。仲人さんのお話ですと、お酒は一杯くらいしか飲まないということだったのです。ところが結婚当時から大酒を飲んで大声を出すので、わたしはだまされたと思い、仲人さんを恨みました。こんなことが一生続くのかと、将来が真っ暗に感じたのを今でも覚えています。3年位すると飲み過ぎては仕事を休むようになり、そのことでわたしがちょっとでも注意すると殴ったり蹴ったりするようになりました。そのころは長男も生まれ、次男もお腹におりましたので別れることもできず、主人を恨み仲人さんをも恨んで、毎日泣きながら暗い生活を送っていました。わたしが31歳になった頃から、主人は仕事はほとんどしないで入院を繰り返すようになりました。そのころわたしは近所のスーパーで働いていましたが、酒代をせびりによく仕事場までやってきて、暴れてでもなんとしてもとるという具合いで、恥ずかしいやら情けないやらで何度仕事を変えようと思ったか分かりません。そのころは主人に対する愛情も何もなく、主人を殺してわたしも死のうと包丁を持ったこともありますが、子供のことを考えるとそれもできませんでした 現在は主人も酒を止めて仕事にも行っていますが、いつまで続くかなあと不安になったり、以前叩かれたことを思い出して、ひどく憎らしくなることがあります。しかし、主人もこの病気で苦しんで来たことを思うと、わたしの心も少しは安らぎます。これからもわたしが健康になるために通い続けたいと思っています。よろしくお願いします」。
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| 二つの話のちがい |
この二つの発言の違いは明瞭だと思います。初めの発言は飲んでいる人の病状の報告みたいなもので、自分の体験談ではありません。二番目の話は、自分がどう考え、どんなことをしたかと言うことが話されていて、自分自身の体験談だと言うことができます。家族教室でわたしは、飲んでいる人の話ではなくて、自分の話をしましょうといつも言ってきました。病状報告しかできない人に対しては、「そのときあなたはどんなだったですか」と質問したこともあります。それはなぜかというと、自分の人生で一番大切なのは、アルコール依存症者でもなく、環境でもなく、自分自身だからです。その理由について少し考えてみましょう。
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| 環境よりも自分の生き方 |
私たちは、環境を変えることはほとんどできません。与えられた環境の中で生きていくしかない場合が多いのです。しかも、その環境というのは、自分にとって好ましいものではなく、もっとましなものであって欲しいと思うことが多いのです。あの人がいなければ自分も幸せな生活ができるのだがと思っている人がいても、その人を自分の思い通りによくすることもできません。嫌な環境の中で、苦手な人とも付き合いながら、日々生活するしかない方法はないのです。そうだとすれば、一生不幸で不満だらけの生活をするしかないかというとそうでもありません。
変えることの難しい環境の中でどんな気持ちで生活するかということは、自分自身で決められるからです。幸せを感じるのも、恨みながら暮らすのも、自分次第なのです。自分が生きがいのある人生を送れるかどうかは、他人や環境によるのではなく、今の自分の考え方や行動の仕方、感じ方によるところが大きいのです。
そうだとすると、自分がどう考え何を言いどんな行動をしたかということが、とても重要なことになります。環境は変えられなくても、自分を変えることはできます。どんな環境の中にあっても、生きがいのある人生は可能なのです。このことをはっきりと認識すると、自分の人生を主体的に切り開いて行くことができるようになるでしょう。
カーネギー著「道は開ける」(創元社)の17章「レモンを手に入れたらレモネードをつくれ」をお読みになると、このことがさらによく分かると思います。
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| どうとらえるかは千差万別 |
同じ環境でも幾通りもの評価の仕方ができます。ある日の家族教室で、斉藤美津子著「きき方の理論」に書いてある方法に従って、家族の方全員に「この部屋の様子をありのままに書いてください」とお願いしました。できあがった物を並べてみると千差万別でした。間取り図みたいに書いた人もいれば、全員が座っている場面を書いた人もいました。窓と外の景色を書いた人もいたのです。これをみても見方は人によっていろいろです。私達は、自分なりの考え方、行動の仕方を持っていて、それしかない、それが全く正しいと思いがちです。しかし、自分の見方は、無数にある見方の中の一つでしかありません。だからこそ、自分の考え方、自分の行動の仕方をチェックしてみることも大切です。
アルコール依存症の人の悪行や欠点ばかりに頭を奪われて、不安や怒りや恨みでいっぱいの生活をして、あの人がいる限りわたしの幸せはないのだあきらめている場合には、今の環境の中でももっと幸せに暮らすことができるはずだ、そのためには自分は何を考え何をすればよいのだろうかと考えてみてください。
同じアルコール依存症者の人と生活していても、この人がこういう病気になってくれたおかげで、いままで全く見えなかった自分の欠点にも気づき、少しなりとも謙虚な気持ちになることができて本当にありがたいと毎日を感謝しながら暮らしている人もいるのです。
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「私は、あの人が何を考えているのかさっぱりわかりません。その日によって言うことが違うのです。仕事もしたいし、子供達にも父親らしいことをしてやりたい、そのためにもなんとしても酒はやめると言ったかと思うと、その舌の根も乾かないうちに飲み始めるのです。そして、俺の働いた金で飲んでどこが悪い、飲んで死んだら本望だ、酒は絶対にやめない、俺から酒をとったら何が残るなどと、わめくのです」。
「あの人にはやめる気なんか絶対にありませんよ。だって、はっきり言ってますもの。酒だけが生きがいだ、これほど好きな酒をとられてたまるかって。先生の前では、やめられるものならやめたいなんて言ってますけど、あんなの嘘ですよ、だまされないでください」。
初めて外来に来られた家族の多くは、アルコール依存症者の言うことに振り回されて混乱しています。やめる気がないというところだけを信じて、怒ったり、絶望的になったりするのです。しかし、この病気のことがよく分かると、アルコール依存症者の言うこともきちんと整理ができて、迷うことなく対処できるようになります。
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| どこが病気かを見極める |
病気を治すには、どこが病気かを見極めることが大切です。正常なところと病気のところとを区別するということです。虫歯を抜くときには、どの歯が虫歯になっているのかをまず知らねばなりません。そうでないと、なんともない歯を治療するかも知れません。ある本には、間違えて健康な足を切断されてしまった子供のことが書かれてありました。正常な部分と病気の部分とを区別できないと、とんでもない悲劇を招くことにもなるのです。体の病気ならこのことは比較的たやすいのですが、心の病気では、心そのものが見えないわけですから、かなり難しいことになります。
体の病気では、病気のところとそうでないところは場所によって違います。ところが心の病では時間で違うのです。午前中はよかったけれども、夕方から荒れ出したといった具合です。時によってよかったり悪かったりする、これが心の病の表れ方です。
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| 心の状態をみるには |
心の状態は、顔の表情、話し方やその内容、行動、服装などによって知ることができます。
気分が爽快なときには、顔は輝いていて、声にも力があり、話の内容も明るく希望に満ちたものになります。歩き方にも元気があります。落ち込んだときには、表情は沈みがちで、小声で力無くしゃべり、肩を落としてとぼとぼと歩きます。あらゆることに無関心になると、顔も洗わずひげも伸ばし放題、服装も構わなくなります。
心そのものは見えませんから、視覚、聴覚などを使って判断するしかないのです。
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| アルコール依存症では |
アルコール依存症になると、体ばかりでなく心も病んでいきます。その言葉や行動には健康なところと病気の部分とがみられます。酒をやめて立ち直り、人に迷惑をかけず自立した生活を送りたいというところは、健康な心といってよいと思います。一方、絶望感からくるやけっぱちな気持ちや、他人に対する攻撃、劣等感の裏返しの誇大的な言動、飲酒の正当化、開き直り、飲酒問題の否認などは病気の心から出てくるものです。
次にアルコール依存症によくみられる言動のいくつかを列挙して、健康か病的かを区別してみましょう。
| 健康な心から出るもの |
| 1. | なんとかして酒は止めたい。 |
| 2. | 皆に迷惑をかけて申し訳ない。 |
| 3. | もうこれからは絶対に酒は飲まない。 |
| 4. | 酒さえなかったら自分の人生はましなものになっていたに違いない。 |
| 5. | やめようやめようと思うがどうしてもやめられなくて苦しんでいる。 |
| 6. | 自分のやったことを反省して、しょげかえっている。 |
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| 病気の心から出るもの |
| 1. | 好きな酒を飲んでどこが悪い。 |
| 2. | おまえ達にはなんの迷惑もかけていない。 |
| 3. | 飲んで死ねたら本望だ。 |
| 4. | 自分の金で飲んでるんだから、人から文句を言われる筋合いはない。 |
| 5. | 人生は太く短くだ。 |
| 6. | 些細なことを取り上げて、がみがみと小言を言う。 |
| 7. | 偉そうに他人を批判して同意を求める。 |
| 8. | 飲んだ理由を並べ立てて、素直に過ちを認めない。 |
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以上のことがきちんと区別できないと、病気が言わせている言葉に翻弄されて、二重人格ではないかと怒ったりするのです。
健康部分と病的な部分とを、はっきり区別して対処できるようになると、今まで分けが分からない思っていたことが、はっきりしてくるのではないでしょうか。次に家族教室で学んだ人の言葉を聞いてみましょう。
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| 回復した家族は |
「私は、主人は好きで飲んでいるとばかり思っていました。家族会から帰って主人の顔をよく見ると、ちっとも楽しそうにしてないですね。苦しいというより辛そうにしてるんです。これが病気で飲んでる顔だなと分かったんです」
「主人と対するときには、病気が出ているかどうかをいつも考えるようになりました。病気が言わせている、やらせていると思ったときには、相手にしないようになり、今までみたいに巻き込まれて、かっかすることがなくなりました」
「飲んでいる子供が何を考えているのか、さっぱり分かりませんでした。今では本当にやめたいんだなということが、よく分かります。そうすると子供の方も、何も飲みたくて飲んでいるわけではないとか、働いている友達のことを考えるとこうしてはいられないと思うなどと、正直な気持ちを話してくれるようになりました。それに対して、いらいらしたり、なんと情けないと軽蔑したりすることなく聞くことができるのです」
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| まとめ |
病気が言わしている言葉を、それが本心だと信じて、腹を立てたり、がっかりしたりしないようにしましょう。また、何とかしてやめたいという言葉を聞いたときには、やめたいのならやめられるはずだ、やめないのはやる気がないからだと切り捨てないようにしましょう。そこにはアルコール依存症に侵された人の苦しみが表れています。そこに共感できるようになると、自分の気持ちも、アルコール依存症者の飲酒問題も、どんどんよくなっていくことでしょう。
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